After The
Battle...
<4>
「……明日、帰るのか」
「あ、はい。今日はここにお世話になって、明日帰る予定です」
少し間を置いて再び口を開いたベジータの問いに、トランクスが頷く。
「そうか。向こうでもトレーニングは続けているか?」
「え、ええ。復興の仕事もあるので忙しいですが、時間をみつけては何とか」
「なら、明日、久しぶりに修行をつけてやる。少し時間を取っておけ」
「……は、はい」
「まあ、今日見た限りでは然程問題はなさそうだがな。折角の機会だ、久々に鍛え直してやるからそのつもりでいろ」
「──はい。でも、オレの力だと今の父さんの相手にはならないと思いますから、少しは手加減してくださいよ」
「安心しろ、死なない程度には手加減してやる」
「……お手柔らかにお願いします」
ニヤリと彼らしい強気な笑みと言い草に、父なら本気でやりかねないなとトランクスは苦笑した。それでも、その会話の中に剣呑な響きは微塵もない。
かつてのベジータなら、こんな風に自分の方から修行に誘うことなどまずなかったし、短く交わす会話の中でも、こんなに穏やかな雰囲気を含むやりとりはほとんどできなかった。それが今は、物騒な物言いの中にも確かな柔らかさが感じられる言葉をかけてくれ、自分もごく自然に答えることができる。
そのことが、トランクスには嬉しかった。
と、その時。
「あー、こんなところにいた。もう、二人とも引っ込んじゃって何してるのよ」
後ろから急に響いてきた高い声に、トランクスが弾かれたように振り向くと、開いているドアからブルマが顔を覗かせていた。
「それとも、親子水入らずで話し込んでた?」
ベランダに向かって二人で並んで立っているとろを見た彼女は、笑顔でベランダへ歩いてきた。
「ゴメンね、お邪魔しちゃったかしら」
「い、いえ。そんなことありませんよ」
「そう? ……あら」
そこで傍らに置かれたトレイとグラスに気付き、ブルマが目を瞬かせる。
「へぇ、ベジータがお酒飲むなんて珍しいわね。普段はほとんど手をつけないのに」
「……たまたまそんな気分だっただけだ。大した意味はない」
「──ふぅん」
彼の素っ気ない物言いに、しかしブルマは小さく首を傾げただけで何となく察しがついたのか、ふっと微笑んだだけでそれ以上は言及しなかった。
「ま、いいわ。下でトランクスが──あ、うちのチビのことだけどね、パパとお兄ちゃんどこ行ったんだろって探してたわよ。……ふふ、お兄ちゃんか。なんだかほんとに兄弟みたいね」
ころころと笑うブルマにトランクスも笑って言う。
「オレももし弟がいたら、あんな感じなのかなって思いましたよ」
「昔から悟飯君みたいなお兄ちゃんもいたらよかったなって憧れてたからね、あの子。同じ人物なんだから変な感じだけど、折角だし明日まで遊んであげてね」
「はい」
そのやりとりを黙って聞いている夫を見て、ブルマがクスッと笑う。
「兄弟かー。お兄ちゃんは無理だけど、弟か妹なら頑張れば何とかなるかもね。作ってあげちゃおうか? ベジータ」
「……な」
突然話題を振られたベジータが、その内容の意味するところを理解した途端、目を見開いて狼狽える。
「な、なに下品なことガキの前で抜かしてやがる! まったく、おまえのその口はどうにかならんのか?」
「なによー、いいじゃない。こっちのトランクスはもう立派な大人なんだし……あら? なにあんたまで赤くなってるのよ」
「い、いえ……何でもないです」
この手の話題は慣れないのか、父親と同じように顔を赤くするトランクスに、ブルマは苦笑した。
「そういう変に純情なところも似てるわねえ。やっぱり親子ね」
こちらの幼いトランクスは、平和な世界で育ったからか、やや自分に似てませた部分があるが、この未来の息子は、物心ついた頃から戦いの日々を生きてきたという生い立ちのせいか、そういったストイックな部分はどこかベジータに通じるものがあった。未来の世界での師匠だったという悟飯の影響もあるのだろうけど、そういった部分では、より父親に近いのは彼のほうかなのもしれない、と思った。
と、
「あー、いたー! もう、パパもお兄ちゃんもママまで何やってるんだよ〜」
ドアの方から響いてきた声に、全員が振り向くと、こちらのトランクスがやや膨れ顔で入ってきた。
「いつの間にかみんないないし、探しちゃったじゃないか。おばあちゃんが木苺のパイたくさん焼いたから、みんな呼んできてって言ってたよ」
駆け寄ってくると三人を見上げ、外を指さして言う。
「あら、そうなの。それなら行かなくちゃ、トランクス。ママの木苺のパイは絶品ですごく人気があるの。早く食べに行かないとなくなっちゃうわよ」
長身の息子の手を取り、夫に視線を送る。
「あんたもあのパイは好きだったわよね、どうする?」
「……オレは後でいい。1ホール分は確保しておけ」
同じくチラリと視線を寄越しながら、それだけ言うと彼は再び外へ顔を向けた。その台詞に思わず青年が目を瞬く。父がこういった嗜好品──特に甘いものはあまり好まないと思っていただけに、少々驚きだった。
「はいはい。じゃあ行きましょ」
呆れたように苦笑しながら、ブルマは二人の息子を促した。
「あ、はい。じゃあ……父さん、また後で」
「ああ」
軽く会釈し、母と幼い自分の後に続いて部屋を後にする。
「父さんは甘いものは好きじゃないと思ってたけど、違うんですね」
「んー、そうね。自分から進んで食べるわけじゃないけど、さっぱりしたのは意外と好きみたいよ? まったく、1ホール分じゃ足りないくせにね」
3つは確保しておかなくちゃ、と笑う母の言葉で、また一つ、父の意外な面を知る。
何気ないやりとり、ごく普通に交わされる家族の会話。けれどそれが、今は何よりも温かく、彼の心を満たす。
きっと自分は、忘れない。
初めて父と飲んだ酒。父が自ら、母と自分へ向けてくれた言葉。
『最後には必ず、同じ答えを選んだはずだ──とな』
父がそう語ってくれた声を、一言一言、噛みしめるように思い出す。
(──必ず、母さんに伝えます。ありがとうございます、父さん)
一旦立ち止まり、父の部屋を振り返って穏やかな笑みを浮かべる。
今日、この場所に来ることができて、本当に良かった。
今、確かにここにある、はっきりと感じるその想いを胸に──彼は母の呼ぶ声に答え、踵を返した。
<End.>