魔人ブウとの、宇宙の命運を賭けた壮絶な死闘から数年後。
平和を取り戻していた地球に、ある日再び宇宙規模の事件が降りかかった。
39年ぶりに目覚めた破壊の神・ビルスの突然の来訪から始まった一連の騒動は、やがて地球の存亡がかかった事態へと発展する。
予知夢で見た強敵──超サイヤ人ゴッドとの対決を望むビルスの要望に応えるべく、地球で生き残ったサイヤ人の血を引く者たちが手を合わせることによって、悟空が超サイヤ人ゴッドへと覚醒することに成功し、二人の対決が始まった。
地球のみならず天界の者たちすら固唾を飲み、成り行きを見守る中、神の次元までに到達した闘いは、悟空が善戦するも最後の最後で力尽き、破壊神が勝利する形で決着がつく。
そして最終的にはビルスが破壊を行わずに引き上げるという結末で幕を閉じ、地球に再び平穏が戻ってきた。
ひとまず、その時点では。
……が。
辺境の惑星で起こったこの闘いが、思わぬところへも影響を及ぼし、新たな事態の呼び水となっていたことを、その時は誰も知る由(よし)などなかった。
この世のどこか──或いはこの世ですらないかもしれない場所に存在する世界・魔界。
どこまでも底などないかのように広がる、澱んだ闇の奥深く。
鬱蒼と繁った漆黒の森に、殺気立った獣のような不気味な唸りが響き、蝙蝠にも似た影が耳障りな金切声を上げて飛び交う。
生ける者の影すら存在するとは思えない黒塗りの大地の中、ひっそりとそびえ立つ──見ようによっては、城に見えなくもない──歪な形の、黒い塔。
その中の一室に、ぽつりと明かりが過った。
「ん? 何してんだ、ウォーカ」
入口からひょいと中を覗き込んだ顔が、そこにいる相手が部屋の真ん中に何やら映像を映し出しているのを見て首を傾げた。
「ちょっと興味深いことがあったんでな。──見てみろ」
声をかけられた人物は、声の主をチラリと一瞥してから視線を戻す。
言われて怪訝そうに近づいてきた男は、宙に浮かび上がり次々と切り替わっていく映像をしばらく眺め、あっと声を上げた。
「これ、ビルスじゃねえか? しかも……誰かと闘ってるな」
顔を近づけてまじまじと幻の映像を見つめる。
「そうだ。この間、久しぶりに奴らの気配を感じた時に、やけに派手に暴れてるなと思ったから気になって見てみたんだがな」
「あぁ、あれか。確かに珍しいから気になってたんだよな。相手は──誰だこいつ? 知らない顔だが」
見覚えのある顔と闘っている見たことのない顔に、首を傾げる。
「孫悟空、という名のサイヤ人らしい。見たところ、特に神界とも関係ない普通の人間だな」
「は? ……まさか。ただの人間がビルスとここまでやり合ってるってのか?」
僅かに見開かれた金色の目が、映像の人物を凝視する。
ビルスには及ばないまでも、それなりに善戦している様子の赤い髪の男に、更に疑問符が追加される。
確かに、その風貌が醸し出しているオーラは、ただの人間とは少し違うようだが。
無理もない。破壊神ともなれば、その気になれば宇宙すら破壊することが出来る、界王神すら遠く及ばない次元の力なのだ。
その絶対的存在に対し、神の力を持つわけでもない普通の人間が闘いを挑んでいること自体、俄かには信じ難い話だった。
「信じられないだろうが本当だ。──超サイヤ人ゴッド、と言っていたな。確かサイヤ人といえば、戦闘に特化した特異な体質を持つ種族だったはずだ。おそらく、太古のサイヤ人に何かしらの方法で神の力を生み出す能力が伝わっていたんだろう。もっとも、今は惑星ごと滅んでごくわずかしか生き残りはいないようだが」
「へぇー」
淡々と短く補足する声に、金色の瞳が愉快そうに細められる。
ビルスと闘う男は、赤い光が消えたかと思えば今度は金色の髪に変化し、ビルスに食い下がる。結局は力及ばなかったようだが、ただの人間が破壊神に対してここまで渡り合えること自体が驚異的だ。
最後まで殺されずにいたところからして、ビルスからもかなり評価されているだろうことがうかがえる。
「面白そうじゃん。久々にウズウズしてきたなぁ。……なあ、ちょっと遊んできてもいいか?」
「──そう言うだろうと思ったが」
呆れたような溜息をつき、映像を閉じたあと銀色の目が睨む。
「今は駄目だ。大体、ビルスやウイスと直接関わりを持った連中に接触すれば面倒なことになりかねん」
「ちぇ、つまんねえな。いいじゃねえかちょっとくらい」
「駄目だ。今は大事な時期だ、迂闊な行動は控えろ。どうせそのうち奴らとは顔を合わせることになる」
「そのうち? 本当か?」
「ああ。だから今は抑えろ」
「あーあ、仕方ねえか。早く思いっきり暴れてみてえなー」
渋々といった様子で引き下がった男が、退屈そうに欠伸をする。と、
「──アビット様!」
そこへ慌ただしい足音が近づいてきて、入口に現れた小柄な影が焦った様子で男に向かって呼びかけた。
「至急研究室へおいでください。先程の『奴』が暴れ出して手がつけられない状態です」
「あれ、もうできたのか? 早いな」
銀色の目を意外そうに瞬き、「そんじゃ見てみるか」と踵を返す。
「なんだお前、またろくでもないガラクタを作ってるのか」
「あー、ガラクタってこたぁねえだろ? これでも一応役に立つ奴を作ろうと頑張ってんだぜ」
呆れたような口調で言われ、男が拗ねたように言い返す。
「その割には失敗作ばかりのような気がするが。──近いうち、手数が必要になるかもしれないからな、たまにはまともに使える奴を持ってこい」
「うるせー、わかってらぁ」
さらりと投げられる嫌味に睨みを返し、男はドアのない入口から外へ出ていった。
静かになった部屋の中で、残った男が薄い笑みを浮かべる。
「近いうち──そう、もうすぐ……だな」
ぽつりと呟いた瞬間、微かに細められた金色の両目に、冷たい光が走る。
しばらく無言の時が流れたあと、顔を上げた男が片手に持った小さな杖の先をすいと振り上げる。
何もない空間に細く走った光に包まれ、人影は不意にそこから音もなく消えた。