異界より迫る影 激突・黒と青の力


<1>

 破壊神ビルスとの邂逅から約一年が経った頃、地球はドラゴンボールにより復活したフリーザが再び襲来するという災難に見舞われた。
 かつての強敵、しかも以前とは比べ物にならない程に強さを増したフリーザには、超サイヤ人ゴッド超サイヤ人への変身を可能にした悟空でさえ、最初は苦戦を強いられた。
 二転三転する戦局の中で、悟空と同じ力を手にしたベジータに追い詰められた末、一瞬の隙をついて最後の手段に出たフリーザの手により、地球が消滅するという事態に陥ってしまう。
 しかしその場にいたウイスの力を借り、地球が破壊される寸前に飛び込んだ悟空がフリーザに止めを刺し、フリーザは地獄へと送り返され、因縁の闘いに決着がつけられた。
 一度爆発してしまった地球も無事その前の姿へと戻り、事態はようやく終息したのだった。


「何見てるんだ、お前」
 研究室という名のガラクタ置き場の前を通りかかったウォーカは、中にいる人物が何やら宙に浮かんだ映像に見入ってるのを見かけて足を止めた。
「んー、ちょっと面白そうなもの見ててさぁ。来てみな」
 こちらを振り向きもせずに言うアビットに、訝しげな表情でコツコツと歩み寄る。
「──これは?」
 彼が見ている映像を見上げ、何者かが闘っている様子に首を傾げる。
「ほら、前にビルスと闘ってた奴がいただろ。気になってその後をちょっと見てみたんだよな。そしたらまた面白そうなことになっててさ」
「……こいつがか? 髪の色が違うようだが……」
「そ、おんなじ奴。どうやらまた別の姿に変身する力を手に入れたみたいだな」
 怪訝そうに眉を跳ね上げるが、よく見ればその顔と着ている服には見覚えがある。確かにあの時、ビルスと闘っていた男のようだ。
 しかし今は、以前とは違う青い髪へと変化し、発する力もあの時とはおそらく段違いになっているであろうことが映像からもうかがえた。
 しかしサイヤ人というのはこうもコロコロ変化する種族だったか?と疑問符が浮かぶ。直接会ったことがあるわけではないが、伝え聞いたところでもそんなに変身形態が多いという話は聞いた覚えがない。
 そもそもビルスと渡り合える人間がそうそういるわけもないので、或いはこの男が特別なのか。
 相手の金色の姿をした異星人は、どこかで見た覚えがある種族のような気もするが、なにぶん表の宇宙から遠ざかって久しいため、詳細までは思い出せなかった。
 次々と場面が流れていくうちに、同じ髪の色に変身する男がもう一人いるのを見て、ウォーカが目を瞬く。
「この男も同じ姿になれるのか。……ということは、こいつもサイヤ人か」
「だろうな。見たところ、二人ともそんなに力に差はないみたいだし、案外オレらといい勝負できそうじゃねえか?」
 どこか嬉しそうに言う相手に呆れた視線を投げ、溜め息をつく。
「いい勝負をされたら面倒なんだがな」
「そう言うなよ。こいつも前に見た時からそんなに経ってないのに、ずいぶんと強くなってるみたいだろ? ますます興味が湧いてさぁ。一度闘ってみたいよなぁ」
「全く呑気だな、お前は。今はそれよりも……」
 言いかけたその時、不意に映像の中の惑星が爆発し、その後に映った顔に言葉が一瞬途切れる。
「……ウイス」
 映像の中の長身の男が杖を振り、爆発した星を元に戻す様子を見て、視線が睨むように細められる。
「──やはり、奴の『時間戻し』は厄介だな。表に出る場合は、より慎重に行動する必要がある」
「え? 表に……って、もう出ていいのか?」
 その言葉に反応した男が、表情に期待を乗せて振り返る。
「今すぐの話じゃない、慌てるな。……昨日、魔霊樹が花を咲かせた。じきに実が生るだろう」
「……本当か! いやー、ようやくだな!」
 椅子の背もたれ越しにアビットが目を輝かせて身を乗り出す。
「だが、まだ早い。勝負は、実が生って、ある程度成長してからだ。新鮮な魂が大量に必要になるのは、最後の仕上げの段階だからな」
 ひとたび何かに興味を持てば、感情が先行しがちな相手を諌めるように、銀色の瞳が眇められる。
「一つしか生らない貴重な実なんだ、失敗は許されない。わかってるな?」
「わかってるよ。じゃあ、近いうちにあいつとも闘えそうだな!」
 楽しみだな、と既に気持ちがそちらに行っている男に、どっちが重要なんだお前は、と呆れる。
「言っておくが、単独行動は許さんぞ」
「わかってるって。どっちも楽しみさ。時期が来たら教えてくれよな!」
「ああ」
 勝手に先走るなよ、と念を押してから踵を返し、部屋を後にする。
 コツコツと階段を下りる音を響かせながら、ふと壁をくり抜いた窓から薄闇に包まれた外を見やり、足を止める。
 アビットの気持ちも、わからないでもない。既に表にいた頃の記憶をほとんど忘れるくらいに、この深い闇の世界で鬱屈した時間を長く過ごしてきたのは、彼も同じだったからだ。
(確かに……少しは面白いことになりそうだな)
 その表情に微かな──自身も長い間忘れていた、どこか楽しげな──笑みを浮かべながら、歩き出した影は暗がりへと溶け、見えなくなった。


「わぁ〜、この子ですか。可愛いですね」
「ブラちゃん、だったべな? 真ん丸な頬っぺして、健康そうだなぁ」
「ふふ、ありがと」
 ビーデルやチチが口々に感想を述べ、ブルマが微笑む。
 青い澄んだ空が広がり、涼しげな風が街中に吹くある日。
 カプセルコーポレーションの中庭には、久しぶりに気心の知れた面々が集まっていた。
 ブルマからの紹介が済むと、女性陣が早速ベビーベッドの中を覗き込み、その小さな存在に目を細めた。
 丸く小さなベッドの中では、まだ生後間もない赤ん坊が、すやすやと穏やかな寝息を立てている。
 彼女の名前はブラ。ブルマとベジータの間に生まれた娘であり、トランクスの妹だ。
「トランクスもいよいよお兄ちゃんか。しっかりしないとなぁ」
「はは、なんだかまだピンとこないけどね」
 クリリンに肩を叩かれ、トランクスが照れくさそうに頬を掻く。
 フリーザの襲来から数ヶ月が過ぎた頃、カプセルコーポにもたらされた思いがけないめでたい知らせ。それが、社長夫妻の長女の誕生だった。
 年齢のこともありブルマの体調が心配されたが、何事もなく母子共に退院することができ、落ち着いた頃にささやかなお祝いをしたいとの連絡があり、仲間たちはいつものように二つ返事で快諾した。
「ついこの間パンが生まれたと思ったら、もうあんなに大きくなってるんだもんな。早いよなぁ」
「本当にそうですね。あっという間ですよ」
「オレもそうだったけど、毎日が慌ただしかったからな。女の子は特にそうだろ」
「ええ」
 ビーデルに抱っこされているパンや、18号と手を繋いでいるマーロンを見ながら悟飯とクリリンがしみじみと呟く。
「お前も何だかんだ言って父親らしくなったよな。……あれ、そういや」
 思い出したようにキョロキョロと辺りを見回す。
「親父といえば、ベジータはいないんですか? 見当たらないけど」
「あいつがこんな時に顔出すと思う? 今頃しかめっ面でブツブツ言いながら重力室に籠もってるわよ」
「それもそうっすね」
 その様子が容易に想像でき、クリリンは吹き出した。苦笑いを浮かべるブルマの口調にも刺々しさはない。
 確かに彼の性格からして、こういった場に進んで顔を出すことはまずないだろう。今回は特に理由が理由だから、尚更だ。
「ところで、孫くんは? まだ来てないの?」
「ああ……えっと、そろそろ来る頃じゃないかと思いますが」
「悟空さなら昨日の分の畑仕事も片付けてくるように言っておいたから、少し遅れるべ。全く、ちょっと目を離すとすーぐ修行だって言って抜け出すんだからな。真面目に仕事してるとええけど」
 呆れたように言うチチの台詞に、孫くんらしいわねとブルマが苦笑する。
「この間少しだけパンの子守りを任せたら、家の中めちゃくちゃになってただしなぁ。本当に、どっちが子供かわからねえだよ」
「はは……でも、仕方ないですよ。そういうところもお父さんらしいです」
「笑いごとじゃねえべ。放っとくとパンにもいつの間にか格闘技教えそうで目が離せねえだ」
「相変わらずねー孫くんは。まあベジータも似たようなものだけど」
 ある意味、三度の飯より修行が好きなサイヤ人の二人だ。ほとんどが本能に基づいて成り立つその行動を、制限することは難しいのだろうけど。
 それも全て含めてこその彼らなのだ。
「全く、サイヤ人てのはしょうがないわよねぇ」
「お互い旦那には苦労するだなぁ」
「ほんとね」
 そう言いながらも底抜けに明るい顔でからから笑う二人に、その場にいた全員がつくづく「彼女たち以外にあの二人の妻は務まらない」と感じたとか感じなかったとか。

 その頃、
「「へっくしっっ!!」」
 西の都と遠く離れた東大陸とで、同時に二人分のくしゃみが響いたのは言うまでもない。


 時折吹き抜けるぬるい風に、上空で葉先がざわざわと鳴る。
 灰褐色の大地を更に黒く塗り潰すかのように四方に生い茂った枝葉が、元々の薄闇を更に暗く覆っている。
 遠目から見れば、成長した樹木の影に見える。が、それが普通の植物などではないことは、その不気味な色と異様な程の巨大さが物語っていた。
 幹から枝、葉に至るまでくすんだ黒鼠色を身にまとったそれの表面は、硬い感触の樹皮などではなく、時折微かに蠢く泥のような物質で覆われている。
 全体から薄らと醸し出される瘴気は、生ける者が近づけばそれだけで立ってはいられないであろう程に、毒々しい重圧感をもってその存在を知らしめていた。
 そんな禍々しい色の中心に、ただ一部分だけ見え隠れする別の色──仄かに揺れる灯火のような光──の前に、ゆらりと人影が現れた。
「……だいぶ育ったな。そろそろ頃合いか」
 銀色の瞳が光の元を覗き込み、目を細めて呟く。
 視線の先には、大きめの林檎にも似た実が一つ、一際大きな枝にぽつりとぶら下がっている。
 風に揺れるそれは、一見すると果実にも見えるが、中から発する光で自ら鈍い明滅を繰り返し、そのたびに薄い鈍色(にびいろ)の模様が微かに蠢くなど、何らかの異質な力を持った物体であることは明らかだった。
「あとは、必要なだけの養分を集めればいい……」
 満足そうに独りごちると、彼は闇に覆われた空を突きそびえ立つ巨大な樹を見上げた。
「楽しいパーティになりそうだな」
 青ざめた唇が微かな笑みの形に歪み、灰褐色の髪が冷たい風になびく。
 男の微かな高揚に呼応するかの如く、広がった黒い枝の葉擦れの音が何かを囁くようにざわざわと鳴り、不気味な旋律を響かせた。


 地上では穏やかなひと時を皆が噛みしめていた日から、そう遠くないうちに。
 人知れず──しかし確実に忍び寄っていた異界からの災厄が降りかかることなど、誰一人、予想すらしていなかった。

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