After The
Battle...
<2>
「セルとの戦いの後のことも、色々聞きましたよ。──あれからもまた、色々あったんですね」
「……まあな」
「それにしても、この世界のオレや悟天君があの年で超サイヤ人になれるなんて驚きました。オレはあんなに苦労したのに」
「まったく、基本はサボるくせにいきなり予想もつかんことをしてくるからな。だが、まだまだ甘ったれのガキだ。いざ戦闘となると危なっかしくて見ていられん」
最後はほとんど愚痴のようなぼやきに、思わず破顔する。この平和な世界で育った彼は、強くとも普通の遊びたい盛りの子供だ。他のことに興味が向くのも無理はない。
「しょうがないですよ、子供ならそれが普通ですから。……でも、父さんに修行をつけてもらうのは嬉しいし、もっと強くなりたいって言ってました」
こちらでの様子を尋ねれば、目を輝かせて喋っていた幼い顔を思い出す。
もしも自分の世界に人造人間が現れなかったなら、きっとそうあったであろう光景。
背中に剣の先を感じながら神経を磨り減らした悪夢の日々とは無縁の、彼が夢見た世界。
それでいいと、思った。少しの羨ましさよりも、嬉しさが勝った。この世界の自分や母が、とても幸せそうだったから。
父がいるこの世界で──。
グラスの中で氷が揺れる音が響く。
「──だが、あいつはまだ、本当の戦場を──殺さなければ殺される、その覚悟を知らん。半端な情けは戦場では命取りだ。ここでは知る必要はないのかもしれんがな…。……その点では、オレと似ているのはあいつよりもおまえの方だろうな」
半ば独白のように漏らされたその呟きに、トランクスは驚いて目を見張った。父の横顔はごく真面目で、酔っているようにも見えない。
ほとんど無意識に出た言葉なのだろう。だからこそ、それには率直な、飾りのない本意が感じられた。
この平和な世界において、生きるか死ぬかの戦いなどそう経験するものではない。むしろ、しないで済むならそのほうがいい。この世界の自分まで、同じような思いはさせたくないと思う。それは彼の本心だった。
──けれど。
戦士として、自分は似ている。より父に近い存在として。
本人の口から直にそう言われて、トランクスは形容しがたい複雑な感情の中に、どこか嬉しさにも似た気持ちが抑えきれないのを感じていた。
もちろん、父が通ってきた道は自分たちのそれとは全く違う。自分たちからすれば認められない価値観、相容れない非情な言動に、反発したこともあった。そんな中でも、父は一人、強くなることだけを糧に生き抜いてきた。己の可能性を信じ、決して妥協を許さず、どこまでも高みを目指して。
あの時見つめ続けた背中は、まさに自分が思い描いていた力強い目標そのものだった。
「……オレは、似ていますか。父さんに」
決して理想通りではなかった父との邂逅。それでも、今こうして、二人並んでいられることが、答えならば。
トランクスの控え目な声と笑顔に、ベジータは自分の発言に気づいたかのように目を瞬き、思わず答えに窮したように視線を泳がせた。が、すぐにかすかな苦笑混じりの笑みを浮かべ、「……ああ」と小さく、しかしはっきりと呟いた。
それだけで嬉しそうな表情を見せる息子の眼差しを避けるように、ベジータは小さく舌打ちをして横を向くと、無言で空になったグラスをトランクスの前にぐいっと差し出した。
「……え?」
「持ってろ」
「…あ、はい」
トランクスが慌ててグラスを受け取ると、彼は徐にトレイの上のボトルを手に取った。
「──もう、飲める年だったな」
「え?」
ベジータが手にしたボトルを見せて問う。一拍遅れてその質問の意図に気づき、慌てて頷くトランクス。
「あ、は……はい。…一応」
戸惑うトランクスの返事を待たず、彼はボトルを傾け息子の持ったグラスに酒を注いだ。
「…あ、あの…」
「飲めるんだろう?」
そう言って口の端を上げる父の、いつもの笑み。
ベジータの顔と手元のグラスを交互に眺め、父が自分に勧めてくれたのだとようやく理解したトランクスは、思わず目を見開いて何度も瞬きを繰り返した。
「酔ったついでだ、気にするな」
素っ気なくそう言って視線を逸らすベジータの顔が微かに赤いのは、酔いのせいではたぶんない。
「……あ、じゃあ……いただきます」
明らかに照れ隠しであろう父の態度に、トランクスは思わず破顔し、ぐっとグラスを握った。
──父と二人、酒を酌み交わして語り合う。
自分の世界では、既に本や誰かの思い出の中の話でしかなかった光景。
近しい仲間は、自分が赤ん坊の頃に殆どが戦死し、唯一親しい存在だった師も早くに亡くした。
決して叶うはずのない望みだった。でも、今直接手渡されたそれは、紛れもなく“父と飲む酒”なのだ。
まさか自分に、こんな機会が巡ってくるなんて──思いもしなかった。
様々な感情がこみ上げ、鼻の奥がツンとなるのを堪えるように、トランクスはグラスを煽った。
カッと熱い感触が喉を流れ、思わず咽そうになるが何とか堪えて嚥下する。
「……、け、結構強い酒、ですね」
年齢に不足はないし飲んだことがないわけではないが、そうそう機会がないのであまり慣れてはいない。思いがけない刺激にトランクスは目を白黒させた。
種類はわからないがおそらく強いものだろう。それでもベジータはあまり酔っているようには見えない。普段は飲まないだけでどうやら父はアルコールの耐性もかなりのものらしいと察した。
「なんだ、飲んだことがないのか? この程度の酒はブルマの奴も平気で飲んでいたぞ」
「……こっちでは生産体制がまだ完全に整ってないから、嗜好品はそんなに出回ってないんです。酒もどちらかというとまだ貴重品なので、あまり飲んだことがないんですよ」
「………そうか」
その返答に何か思うところがあったのか、ベジータはふと言葉を切った。
グラスを握り締め、トランクスもしばし沈黙しながら喉の奥に残る香りを噛みしめる。
少しほろ苦い、大人の味。それはどこか、彼が一人前になったことを認めてくれる証(あかし)のような気がした。