異界より迫る影 激突・黒と青の力


<4>

 拳が鋭く風を切り、蹴りがぶつかり合った衝撃が空気を震わせ、ギリギリと拮抗した力が反発して離れる。
「つあっ!!」
 間を置かず体勢を立て直しすぐさま突っ込む。拳の連打を叩き込むも紙一重でかわされ、飛んできた手刀を腕でガードし、受け流しながら蹴りを繰り出すも脚で防がれる。
 気功波の類はまだ撃たないものの、徐々に速さを増して飛び交う攻守の手に周りの空気がうねり、巻き起こる熱の摩擦に微かな火花が弾け飛ぶ。
 それだけで周囲の大地が揺れ、ビリビリと震動が走り、細かな地割れが増えていく。
 更に幾度か拳の応酬を繰り返したあと、反動で互いに距離を取り、向かい合う。
「やるなあ、お前。オレも久々に楽しくなってきたぜ」
 何度か拳を握り、手に残る熱を確かめるように男が笑う。
 ベジータは無言で眼差しを引き締め、引いた拳をぐっと握った。
 今のわずかなやり取りだけでもわかる。──この男は、強い。今も全く本気など出していない、ただの小手調べだ。それでも、ぶつかった拳や脚にわずかに痺れが残るほどに、重い。
 それでいて、相変わらずほとんど気を高める様子もない。それが男の得体の知れなさにより拍車をかけていた。
 しかし、ここで引くわけにはいかない。この男には聞きたいことが山ほどあるのだ。
「アビット、とか言ったな。きさま、何が目的でこの星に来た? あの黒い雲と、使い魔とやらはきさまの差し金なのか。──あいつらに、一体何をした?」
 刹那、本気の殺気を滲ませた視線が走る。
 しかし男は目を瞬いて首を少し傾げただけで、「何だ、もうその話?」と肩を竦めた。
「オレ、細かい説明とか苦手なんだよなぁ。今はせっかく気分が乗ってきたところなんだから、小難しい話は後にして、もうちょっとやろうぜ。まだまだこれからだしな?」
 一見、能天気な──しかし無邪気というには、あまりにも温度の感じられない平淡な──笑みを浮かべ、男は言った。
 手応えのない会話に苛立ちを感じながらも、それは表に出さずにベジータは奥歯を噛みしめる。
 目下のところ、この異変の原因を知っていると思われる手がかりはこの男しかいないのだ。何とかして話を聞き出すしかない。
 それが容易ではないであろうことは、既に肌で感じていたけれども。
「さーて、もういっちょいくぜ!」
 男が陽気に声を上げ、すかさず勢いをつけて向かってくる。
「ちっ!」
 瞬時に身構えて迎撃態勢を取る。再び、四方を揺るがす衝撃が響き渡り、細い火花が辺りに散った。


 ──それから少しばかり、時間を遡った頃。
 悟飯の家へチチや悟天と一緒に荷物を届けたあと、ビーデルを手伝うというチチを残し、悟空は悟天と内陸から少し離れた海の上へとやって来た。もちろん、夕飯の材料調達のためである。
「この辺なら、でけえ魚がいそうだな。よーし悟天、潜って探すか!」
「うん!」
 普段は家の近くで採れる野菜や山菜、山で仕留める動物などが中心なので、海の魚は久しぶりである。
 悟空と魚を捕りに来る機会もそう多くないので、悟天は目を輝かせて「どっちが大きいの見つけるか競争だね!」とはしゃいでいる。
「おう、オラも負けねえぞ。じゃあ、オラはこっちを探すから、おめえは向こうを……」
 言いながら海を見渡していた悟空の言葉が途切れ、怪訝そうに「ん?」と眉が寄せられる。
「おとうさん? どうしたの?」
「あれは……?」
「え、なに?」
 水平線の方を見やって眉をひそめる父の視線を追って、悟天が怪訝そうに同じ方向を見る。
「……あれ? 雨降るのかな?」
 二人が見ている先で、北の方向から伸びてくる黒い雲の波が、どんどんと空全体に広がっていく。それも、かなりのスピードで。
「変だな……あの雲、流れが速すぎるぞ」
 最初は遠目に見えていたそれは、勢いを増しながらあっという間に彼らの頭上を越え、更に四方へ広がっていく。
 まるで意思を持っているかのように突き進んでいく黒雲の動きは、山育ちで天候の急変などは見慣れている悟空の目にも、明らかに不自然に映った。
「うわぁ……なんだか暗くなっちゃったね」
 分厚い雲に覆われてしまった空を見上げ、悟天が呟く。
 さっきまで陽光を反射して輝いていた海面も、薄闇に覆われどこかくすんだ色に見えてしまう。
「……やっぱり変だ。風も大して吹いてねえのに、あんなに速く雲が動くのはおかしいぞ。……それに、この雲……なんか嫌な感じがする」
 頭上を覆う澱んだ色の雲から漂う気配に、悟空が眉を寄せる。時折ちりちりと赤黒い閃光が走るが、ただの雷というには色が違う。何より空気を圧迫してくるようなこの重苦しさは、普通の雨雲とは思えない。
 そういえば、この感じは……さっき、悟飯の家で一瞬感じた妙な気配に似ている──?
「おとうさん! 見て、あれ!」
「ん?」
 ふと考え込んでいると、急に悟天が悟空の道着を引っ張って声を上げた。
 彼が指し示す方向を見ると、何やら無数の黒い影のようなものが、こちらに向かって飛んでくる……?
「──何だ?」
 目を細めてその物体を確かめようとしているうちに、それらはスピードを上げて一気に近づいてくる。
「!!」
 視認できる距離まで近づいた時、悟空の表情が険しくなる。
 鳥ではない。蝙蝠に似ている気もするが、背中に羽が生えたような姿形と全身を塗り潰す漆黒、朱く光る眼、何より感じられる澱んだ気配が明らかに異質だ。
 更に、数十、いや数百とも取れるその黒い影の群れの幾らかが、彼らに気付くと真っすぐに飛びかかってきた。
「うわっ!」
「わぁっ!?」
 二人とも突然襲ってきた影を慌てて避けるが、それらは甲高い声を上げながら旋回して再び向かってくる。
「何だ、おめえら!」
 ギィギィと耳障りな音を立てて飛び回る黒い影に、話は通じそうにないと咄嗟に判断した悟空は、掌から気を放って数匹を威嚇した。
 間近にいた影は正面から気功波を浴びて消滅し、予想外の反撃に驚いたのか、他の数匹は一瞬怯んだ様子を見せ、すぐに身を翻して先に行った群れの後を追って飛び去っていった。
 油断なく身構えながらも深追いはせずにその様を見送る悟空だったが、その表情は硬い。
「おとうさん、あれ何だったんだろう?」
 悟天も疑問符を浮かべた眼差しを父に向ける。すぐに退散していったために今のところ実害はなかったが、突然襲ってきたどう見ても嫌な印象しかしない生物──と言えるのかも怪しいが──に不安を覚えるのは当然だ。
「わかんねえ。……けど、何かやな予感がすんな……」
 依然として上空を埋め尽くす暗雲を振り仰ぎ、悟空も面差しを引き締める。
 既に見渡す限りの空は全て黒雲に覆われてしまい、さっきまで見えていた明るい青空の色は微塵も残ってない。
 急な空の異変と、さっき遭遇した黒い影の群れ。おそらくこれは関係がある。それが決して歓迎できる事態ではないことも、彼の直感が告げていた。
「悟天、わりぃけど魚捕りは後でいいか。オラ、ちょっとあいつらを追ってみる」
「え?」
「あいつらもだけど、この雲も普通の雲じゃなさそうだし、気になるからな。おめえは一旦……ん?」
 不意に言葉が途切れ、悟空がハッと振り向く。
「おとうさん?」
「……この気は……ベジータ?」
 海の向こうに視線を向け、目を眇める。今、一瞬感じた鋭い気は、確かによく知る彼のものだ。
 場所は方向からしておそらく西の都だが、かなりの距離があるはずなのに瞬間的にはっきり感じ取れたそれは、まるで本気で戦っている時のような荒々しさだった。
 不思議に思い、状況をもう少し探ろうと神経を集中させる──が、張り巡らせた神経の網に雑音が混じるかのように気配の位置が乱れ、うまく捉えることができない。
「おかしいな……うまく気が読めねえ。あいつの気ならすぐに掴めるはずなんだけど」
 途切れ途切れではあるが、ベジータの気がかなり高まった状態で、相当速い動きをしているのがうかがえる。おそらく誰かを相手にしているのは間違いないだろう。
 だが、一体誰と──?
 もう一度神経を集中させるが、やはり見えない何かに遮断されているように途切れがちで、はっきりと位置を掴むことができない。これでは瞬間移動は無理だ。
「しょうがねえな、飛んで行ったほうが早そうだ。悟天、オラちょっと行ってくる。おめえは悟飯の家に戻ってろ」
「トランクス君のところに行くの? おとうさん、ボクも行く!」
 悟空の表情から不穏な空気を感じたのだろう、悟天が真剣な目で見上げて言った。彼も何かただならぬ事態が起きているのを無意識に感じているようだ。
「いや、何が起きてるかわかんねぇから、おめえはチチやビーデルのところに行っててくれ。オラも確かめたらすぐに戻るから」
「でも……」
「大丈夫だ。母ちゃんたちを頼んだぞ」
「──うん、わかった」
 ためらいながらも頷く息子の頭を笑顔でぽんぽんと撫で、悟空は急いで戻るように促した。
「おとうさんも気をつけてね!」
「ああ」
 悟天が振り返りつつ東の陸地へ向かったのを見届けると、悟空もすぐに西の都へ向けてその場から飛び立った。


 ズズン、という地響きと共に土煙が舞い、周囲の木々ががさがさと鳴り、驚いた鳥や動物たちが一目散に逃げていく。
 繰り出される攻めの手が空を切る音とぶつかり合う衝撃が響き渡り、辺り一帯の空気を揺るがす。
 矢継ぎ早に飛んでくる拳や蹴りをかわしながらこちらも応戦するが、互いに多少掠める程度でまともに入った攻撃はない。
 だがそれも、相手がまだほとんど本気を出していないからだということは彼も感じていた。
 それはこちらも同じだが、互いの手の内を探るように続く打撃戦が次第に重さを増し、相手の攻撃に熱が入り始めたのが伝わってくる。
「はぁっ!」
 蹴りがかわされた勢いを利用して返す刀で拳を加速させて打ち込む。が、それも相手が交差させた両腕にガードされる。
 圧迫された空気が弾け、微かな火花を散らしながらビリビリと衝撃が走る。
「いいな、この感触……久しぶりだよ、これくらいの手応えを感じるのは」
 アビットが唇の端を上げ、いかにも楽しそうな感想を述べる。
 小さく舌打ちし、すかさず蹴りを繰り出すもギリギリで避けられ、空を切った脚に置いた手を軸にして横から相手の蹴りが飛んできた。
「ぐっ!」
 咄嗟に腕を上げるも完全に防ぎきれず、死角からの蹴りを食らって体勢が傾ぐ。しかしその腕をすぐさま相手に向け、瞬時に溜めた気を撃つ。
「おっと」
 至近距離で放たれた気弾は男の掌に受け止められ、弾けて消滅する。その隙にベジータは体勢を立て直し、ある程度距離を取った。
 手の甲で頬を拭いながら、わずかに乱れた息を整える。
 ──強い。
 まだ序の口であろう男の実力に、その底の深さを実感して奥歯を噛みしめる。
 『元』破壊神候補、という肩書きが何を意味するのかはわからないが、少なくとも、今の自分や悟空と比べても遜色のない力を持っているだろうことは肌で感じられた。
 未だ目的もはっきりしないが、こちらが歓迎できる事情ではないことだけは確かだろう。今はとにかく、話を聞き出さなければならない。逸りそうになる感情を抑え、ベジータは目の前の男を見据える。
「いいね、そろそろ体も温まってきたし、もうひと暴れといくか」
 そんな彼の心中をよそに、アビットはニヤッと笑みを浮かべて構えを取った。同時に、全身から黒い霧のようなオーラが立ち上り始める。
「お前も本気になれよ。あの青い髪の……超サイヤ人ゴッド、とかいったっけ? あの力を出したらもっと面白そうだしな」
「……!」
 男の言葉に、ベジータの表情が動く。
 こいつ、なぜあの力を……超サイヤ人ゴッド超サイヤ人のことを知っている……!?
 相手はまだ知らないはずの変身があることを見透かされて思わず息を飲むが、それをおくびにも出さず、黙って鋭い視線を投げ返す。
「ほう……色々とこっちの事情に詳しいようだな」
「まぁな。せっかくの機会だ、手加減なしでやろうぜ?」
 軽い組手でも交わすような口調で、しかし底の見えないうすら寒い雰囲気を漂わせて男が笑う。
 これ以上悠長な様子見はしていられない。そう悟ったベジータが、キッと眼差しを引き締めて顎を引き、気を高めようと両手の拳をぐっと握ったその時だった。
 アビットが急に目を見張り、「あ」と声を上げた瞬間。
「っ!!」
 微かな空気の揺れと同時に、刃物で何かを削ぐような鈍い音が、灼熱の衝撃と共に背後からベジータの胸を貫く。
「…ッ、…が、はっ…!!」
 完全に虚を突かれた──目の前の男に集中していたとはいえ、気配をまったく感じなかった──不意打ちに、一瞬遅れて焼けるような激痛が襲い、咳き込む音と鮮血が宙に散る。
「…な、」
 驚愕に見開かれた両目が後ろを振り向き──そこに光る銀色の瞳を辛うじて捉えたと思った刹那、スッとかざされた手から眩い光が迸り、同時に凄まじい重圧と衝撃が彼に襲いかかった。
「ぐぁ、あぁぁあっ!!」
 まるで何百倍もの重力の塊のような熱球が圧し掛かり、骨が軋む嫌な音が全身を駆け巡る。十分な防御の体勢も取れずに背中から地面に叩きつけられ、幾条もの亀裂が地面を走り、響き渡る轟音と共に押し潰された地面が大きく抉れる。
 舞い上がった砂塵が四方に散り、ビリビリと震動を残す地上には、歪な形のクレーターが作り出されていた。
「あーあ、何すんだよウォーカ! せっかくこれから面白くなりそうなとこだったのに!」
 予期せぬ横槍に不満たらたらと言った顔で、割り込んできた男にアビットが噛みつく。
「うるさい、お前がいつまでもぐずぐずしてるからだろうが。オレたちには先にやることがあると言ったのを忘れたのか」
 子供のようにむくれる男を、銀色の目が睨む。
「そりゃあ忘れてねぇけどよ、ちょっとくらい肩慣らししたっていいじゃねえか」
「お前の『ちょっと』は当てにならん。いいからさっさと来い、ビルスとウイスの邪魔が入る前にこの星に結界を張るぞ」
「ちぇーっ。せっかくいい相手が見つかったと思ったのになぁ、もったいない」
 至極残念そうに地上を見下ろし、未練たっぷりといった様子で呟く。
「だからどっちが大事なんだお前は。失敗は許されないと言ったはずだぞ。また魔界の底に逆戻りしたいか?」
 呆れた目に睨まれ、む、とアビットが押し黙る。
「相手になりそうな奴ならもう一人いただろう、後でそっちと遊べばいい」
「はぁ〜、わかったよ。まったく、融通がきかねえな」
 ブツブツとぼやきながら促されて向きを変えようとした時、複数の気弾が白煙を裂いて彼らの方へ飛んできた。
「!」
 いくつかは逸れたが向かってきた数発を弾き飛ばして消滅させる。思いのほか威力があるそれに目を瞬き、飛んできた方へと視線を向ける。
「……待ち、やがれっ……!」
 何とか立ち上がった体で構えた片手を震わせながら、それでも顔を上げて怒気を込めた視線で睨みつけるベジータ。
 ──とんだ失態だ。
 あの男と同じく、全く気配を感じず背後を取られた。そんな芸当が出来る相手がもう一人現れるなど予想もつかなかったとはいえ、眼前の闘いに気を取られて己が無様な姿を晒したことに変わりはない。
 不覚を取った自身の不甲斐無さに対する怒りが、両脚を奮い立たせる。辛うじて急所を外れた程度で、受けたダメージが決して軽くないことはわかっていたが、そんなことはどうでもいい。
 視線の先に浮かぶのは、瞳の色だけが違い、ほとんどそっくりの見た目を持つ二人の男。こいつらは一体、何者なのか。
 この二人が異変の元凶ならば、尚更ここで引くなどありえない。
 肩で息をしながら地を踏みしめ、気丈な目で睨んでくるベジータに、銀眼の男が意外そうに目を見張った。
「ほう……ずいぶんとタフだな。肺と肋骨をやられてるはずなのに、まだそれだけ動けるのか」
「……黙れ……っ、きさまら、一体、何…者だ……! …ぐ、……っ」
 だが、苦しげな息の下から声を押し出すたびに表情が苦痛に歪み、点々と小さな血の跡が地面に落ちる。
「あまり喋らないほうがいいぞ。悪いが今はのんびり説明している暇がないんだ」
「……ふざけるな!」
 ギリッと歯を食いしばり、怒りに任せた叫びを上げてベジータが地を蹴る。両手から溜めた気を放ち、同時に力の限り握った拳を体ごと突っ込む勢いで浴びせかける。
「おっと!」
 その一撃も既のところでかわされ空を切るが、すぐさま体勢を反転させて立て続けに連打を叩きこむ。しかし当然ながら常よりも切れのない攻撃は全て避けられてしまい、相手に届くことはなかった。
「くそ…っ!」
 ぐらついた体を引き留め辛うじて宙に留まるが、息が乱れて気を整えることができない。
「大したもんだ。アビットが興味を持つのも頷けるが……残念ながら今はここまでだ」
 ウォーカが目を細めて右手を振りかざし、手にしていた杖の先から眩い光が迸る。
 杖を振りおろした刹那に幾つかの筋に分かれて一斉に降り注いだその鋭利な光が、瞬時に彼の額を、胸を、手足を、避ける間も与えずに貫く。
「っ!!」
 鈍い衝撃に揺らいだ視界が真っ白に弾け、全身が麻痺したかの如く動きが凍りつく。
「……う、あ……」
 急激に霞んでいく意識を繋ぎ留めようと抗うことすら叶わず、力を失った体がぐらりと傾き、超サイヤ人の変化が解けて髪の色が黒へと戻っていく。そのまま重力に引かれて地上へ落下し、乾いた音と共に地肌に叩きつけられる。
「……あーあ。相変わらず手加減ないな」
「仕方ないだろう。元はといえば勝手に行動するお前が悪い。行くぞ」
「わかったよ」
 ウォーカが宙に円を描いて光の帯を出現させ、その中に消えていく。
 ちらりと名残惜しげな視線を送りながら、アビットがその後に続き、二人の姿を飲み込んで光は円を描きながら徐々に縮まっていき、消えた。
 喧騒が過ぎ去ったあとも、地面に倒れ伏した彼が動くことはなく──その下の土に、じわりと広がる赤い跡が吸い込まれていく。
 薄く砂塵が漂う静寂の中、低い雷鳴を散らして垂れ込める暗雲だけが、まだこの事態が始まりでしかないことを物語るかのように、より重苦しく渦を巻き、地上に昏(くら)い影を落としていた。


「──!?」
 その頃、海上を西へ進んでいた悟空の目が、ハッと見開かれる。
 今まさに彼が目指している西の都の方向に、再び感じた変化。
 相変わらず霧でもかかったかのように不鮮明な大気の中、それでも何とか感じ取れていたベジータの気が、一瞬激しく乱れたかと思うと、その後やけに弱まったように感じたのだ。
 妙に気配を探りにくくなっている空気のせいかと思ったが、ついさっきまで荒々しく高ぶっていた気が、明らかに急に弱くなり、このままでは見失いそうなほどに小さくなっていくのを感じ、不自然さに表情が固くなる。
 これは、ベジータが意識して気を落としたのではない、と即断する。今この時、彼の身に何かが起こったのだ。
(──ベジータ!?)
 ただならぬ事態が起きていることを直感し、悟空は一気にスピードを上げて西の都に向かって飛び去った。

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