三人がこの島へ訪れてから、三日目の朝。
それまでは、主にトランクスの希望を中心として彼らは一日の大まかな予定を立てていたが、その日は珍しく、ベジータが自分から「行く場所がある」と二人に告げた。
無論ブルマとトランクスが異を唱える理由もなく、トランクスはむしろベジータが今度は何を見せてくれるのか興味津々な表情で、嬉々として父の後に続いたのだった。
そうして三人は今、島の北西に位置する小高い丘と、岩山の境目にある雑木林の入り口へと足を運んでいた。
「ねえパパ、ここに何があるの?」
陽は既に高く昇っているとはいえ、びっしりと生い茂った雑木林の中は、さすがにあまり奥まで陽が差し込まないせいか、薄暗い。
「もう少し先だ。オレからはぐれないようについてこい」
今は自分が先に立って二人を先導しながらベジータが言う。
「昼間なのにずいぶん暗いわね。ここにもこういうところがあるんだ」
カプセルハウスを出る前、彼が動きやすい服装をしておけ、と言ったのはこういうことだったのだと納得しつつ、彼の後を息子と共についていく。
緩やかな傾斜を獣道に沿って少し進んだあと、ベジータは蔓や茨で覆われた岩壁の前で立ち止まった。
「……この辺か」
少し奥まった洞窟の入り口のようにくぼんでいる岩肌の表面を覆った蔓を取り払い、何かを確かめるように目を走らせる。
彼が何をしようとしているのかさっぱり見当がつかない二人は、ただ黙って見守るばかりだ。
「……これだな」
しばしの間を置き、何かを探り当てたように手を止めたベジータは、岩肌に付着した土を払うと、ある部分を指で軽く押し、そこに徐に顔を近づけた。
「……、──」
彼がその時呟いた、今まで聞いたこともない不可思議な発音の言葉に、ブルマとトランクスが目を丸くした瞬間、彼らの目の前の岩壁が突然鈍い音を立てて動き始めた。
唖然とする二人の前で縦長に開いた穴は次第に大きくなり、人が通れるほどの広さとなって振動を止めた。
「──こっちだ。中は暗いから、転ばないように気をつけろ」
当のベジータは顔色を変えることもなくそう告げ、片方の掌に小さい気の塊を浮かべて明かりにし、奥へ歩き出す。
「ちょ、ちょっと……大丈夫なの?」
「大丈夫だ。ここに危険なものはいない。とにかく、オレの後についてこい」
ためらいもなく進んでいくベジータの背を見やり、ブルマとトランクスは思案顔を見合わせたが、他に道もないので、恐る恐る彼に続いて足を踏み出した。
通り過ぎる傍ら、入り口の壁に手をやったブルマは、それがごつごつした岩の感触とは異なる、ひやりとした無機質な冷たさであることに気がつく。
そして、一歩進むごとに聞こえる足元の響きも、土や岩の上を歩く時のそれではなく、人工的な舗装通路が返す音と同じだった。
「ママ、どうしたの? パパ行っちゃうよ」
「え? ……え、ええ」
明らかに自然の空間ではない、人の手で造られた道をブルマが怪訝そうな顔で見回していると、トランクスが先を促す。
慌てて我に返り、ベジータがかざす明かりを見失わないようについていくと、そこから少しして彼が立ち止まった。
そこでまた彼が何ごとかを呟き、ボタンを押すような音がした後、不意に暗闇の中に一筋の光が差し込み、暗がりに目が慣れ始めていた二人は咄嗟に目を細めた。
真っすぐ縦に走った光は徐々にその広さを増し、真っ暗な空間に、長方形に切り取られた入り口を作り出す。
「こっちだ」
ベジータが迷わず開いた入り口の中へ進み、眩しさに片手で顔の前に庇を作っていたブルマとトランクスも、ためらいながら足を踏み入れる。
そして、徐々に明るい光に慣れてきた目を凝らし、そこで二人は再び唖然とした表情を見せた。
「うわぁ……」
トランクスが、驚きとも感嘆ともつかぬ声を洩らす。
──そこに広がっていたのは、今まで見ていた緑豊かな自然の趣きとはまったく違う光景だった。
上は透明なガラス張りのドーム型の天井に覆われ、そこから陽の光が真っすぐに差し込み、外に繁る広葉樹の影が、時折床に落ちて揺れている。
全体的に円形の間取りをしているそこは、中央や壁際にモニター機械類がいくつか並び、テーブルや椅子の残骸と思われる器物も点在している。
一見、重力制御室の内装にも似た造りを見せる空間は、あちこちがひび割れ、錆びつき、所々植物が覆っている様子から、もうずいぶん前から誰の手が入ることもなく打ち捨てられていたのだろうことがうかがえた。
「ここ……なに……?」
知らない遺跡にでも迷い込んだような感覚に、ブルマは呆然と呟いた。
ベジータは返事の前に、そこで一番大きなモニターが設置された壁に近づき、徐にいくつかのスイッチを押した。
すると、沈黙を守っていた中央の機械が突然電子音を立て、連動してモニターの画面が明滅を始め、耳障りな雑音を何度か発したあと、何かを映し出した。同時に、不明瞭な音声も流れ始める。
映像も音もノイズ混じりのため、はっきりとは認識できなかったが、その言葉は先ほどベジータが呟いていたものと同じらしいことが聞き取れた。
映像は、宇宙空間やどこかの惑星の映像が途切れ途切れに映し出され、スライドのように切り替わっていく。
「……ここは、かなり大規模な宇宙船の中だ。ほとんどの機能は壊れていて役に立たないが、太陽光を利用してエネルギーを作り出すシステムの一部はまだ動くらしく、多少の機器類や生活居住区の機能は稼動する」
「宇宙船の中? ……ここが?」
彼の短い説明に、ブルマは改めて周りを見回し、目を瞬いた。
言われてみれば、広さや置かれている機材の数に違いはあれど、今まで彼女が何度も改造や修理に携わった、サイヤ人の宇宙船のシステムを思い起こさせる造りだった。
「でも……なんでこんなところに? それも、長い間放置されてたみたいだけど」
「さあな。詳しいことはわからんが、おおかた、昔この星に不時着でもした惑星探査船だろう。見たところ、残っていたデータもそういった類いのようだしな」
既に調べたことがあるのだろう、ベジータはモニターに映るノイズ混じりの映像を見上げ、言葉を継いだ。
だとすれば、外観はほとんど土に覆われ、島の植物と一体化しているような中の風化具合からみても、相当な年月が経過しているのは間違いないだろう。
「へぇ……でも、それでまだ動く部分があるなんてすごいわね。そんなに前から、これだけの文明を持ってる星があったなんて」
科学者であるブルマから見れば、既にサイヤ人の進んだ文明を知っていることもあり、この船がどれだけの科学力を持つ技術によって造られたかは察しがつく。
トランクスは、先ほどから好奇心満々に船内の様子を見て回り、モニターに映し出される未知の星や生物、文明のデータを食い入るように見つめては感嘆の声を上げている。
「ねえパパ、これって何言ってるの?」
雑音に混じって聞こえる言語は、彼らにはさっぱり理解できない音声ばかりだ。
「そういえば、さっきも何か言ってたわよね。あんた、この言葉、わかるの?」
「まあな。これはかなり広い宇宙域で使われていた言語らしいな。昔、よく聞いたことがある。……この船に残っているデータは、ほとんどが惑星調査の記録のようなものだ」
「へぇー、すごいや、パパ」
普段はあまり意識しないことだが、父が昔、宇宙を渡り歩いていたという話が本当のことなのだと改めて理解し、トランクスは目を輝かせてベジータを見上げた。
昔の彼を知っているブルマからみれば、それは少し複雑な感情を覚える事実でもあったけれど。
「あ、ねえ、あれ何? どこに繋がってるの?」
まだ宇宙へ出たことのないトランクスにとっては、未開の遺跡にも似た宇宙船の中は、未知のおもちゃ箱のようなものだ。しきりに船内を飛び回ってはあちこちを指差し、父に尋ねる。
ベジータはモニターのスイッチを切ると、大まかな間取りと施設、機能の説明をしながら二人に船内を案内した。
それはトランクスだけではなく、ブルマにとっても科学者として大いに興味を引かれるものだった。
中央ホールから乗組員の生活居住スペースへ繋がる通路を抜け、船の上部に位置する制御室へさしかかろうとした時、目を凝らしながら船内を見回していたトランクスがふと足を止める。
丁度彼と同じ目線にある、錆びついた操作パネルの下に、意味ありげにならんだブロックが彼の目を引いたのだ。
「……これ、動くのかな?」
しゃがみこんでじっと見つめ、徐にその中のひとつを押してみる。すると、鈍い音を立てて押したブロックが奥へ引っ込み、続いて周りのブロックがパズルのように配列を何度か変えると、中にできた空洞の横に古びたボタンが現れたではないか。
「なんだろ、これ」
好奇心につられてついそのボタンを押してみる。途端に目の前の壁が振動と共に動き出し、呆気に取られるトランクスの前で人一人が通れるほどの入り口が姿を現した。
「どうしたの、トランクス?」
ブルマが驚いて息子に駆け寄り、後ろでベジータも何ごとかと目を瞬いている。
「……何、ここ?」
「わ、わかんないよ。そこの隠しボタンみたいなの押したら、開いちゃったんだ」
「ちょっとどいてろ」
ベジータが二人を制し、注意深く壁の仕組みを観察する。
「……これは、意図的に隠された入り口のようだな。こんなところに隠し部屋があったのか……よく見つけられたな」
ここへは何度も来ているベジータでも、どうやらこの隠し扉には気づかなかったらしい。そう言われて、トランクスは何だか重要な発見をしたようで嬉しくなり、「えへへー」と得意げな笑みを浮かべた。
「そういえば、わたしも昔、古い遺跡の隠し通路とかよく見つけてたことあるわ。……こういうところは、わたしに似たのかしらね」
自分がかつて体験してきた冒険の舞台を思い起こしながら、息子の得意そうな顔にブルマが微笑む。
「ねえ、この部屋何だろ? 何があるのかな?」
「ちょっと待て。今調べる」
興味津々なトランクスを制し、ベジータが慎重に部屋の中の様子をうかがう。気の明かりをかざして注意深く観察し、危険な気配がないことを確かめると、入り口近くに設置されていた照明のスイッチを入れてみた。
ここもシステムがまだ生きている部分だったらしく、何度か点滅を繰り返し、何とか部屋の中が見渡せる程度の明かりが中を照らした。
「……問題はなさそうだな」
しばらくしてようやく彼のOKが出ると、トランクスが早速中に飛び込んできょろきょろと見回す。
後からブルマも恐る恐る足を踏み入れ、一通り内装を見て首を傾げた。
「隠し部屋にしては、特に変わったところはないみたいだけど……何なのかしらね、ここ」
「……いや」
部屋の隅に積まれた本やファイルらしき束に目を走らせていたベジータの呟きに、ブルマが「え?」と視線を向ける。
「ここはおそらく、各惑星に関する資料の中でも、重要な機密に関する資料の置き場所だろう。星の資源によっては危険な使い道ができるやつもあるからな」
彼の説明に、ブルマが「ああ……」と納得したように頷いた。
生活に不可欠なエネルギー源であっても、使い方によっては危険な兵器を生み出してしまったりすることがある。それはどこの星でも大して変わりはないのだろう。
「ねえねえパパ、見てこれ!」
その時、トランクスがやけに弾んだ声で両親の傍に駆け寄ってきた。
「壊れた箱の中にあったんだけどさ、すっごいきれいだよ!」
「なに?」
そう言ってトランクスが差し出した掌には、彼の手に収まるくらいの、そう大きくはない石が乗っていた。
「……これは……」
怪訝そうな顔をしていたベジータは、その色が放つ不思議な色を認めた途端、俄に目を見張った。
半透明の淡い緋色を放つその石を手に取り、しばし確認するように眺めた後、ぽつりと呟く。
「……間違いないな……まさか、こんなものまであったなんてな」
「え?」
怪訝そうな妻子の視線に、彼はしばし記憶の糸を手繰りながら言葉を切り出した。
「こいつは、小惑星同士がぶつかった時などの衝撃によって、ごく稀に形成される石でな。星が砕ける時の膨大な熱量を吸収して、見かけによらずとてつもないエネルギーを秘めているらしい。見た目の輝きとその希少価値から、“星の奇跡”って通称で呼ばれていた宝石だ」
「“星の奇跡”…?」
「ああ。貴族連中の間じゃ目の色変えて取り引きされてたって話を聞いたことがある。……オレも昔、一度見たことがあるだけだがな」
いつ、どこの惑星だったか、詳しいことまではもう覚えていないが。
トランクスに石を返しながら、彼が続ける。
「一定量以上の強いエネルギーを加えると、石によってはそれこそ小惑星くらいは吹き飛ばせる力を持つやつもあると聞いたが、これくらいの大きさなら普通に持ってる分にはただの宝石だ。危険はないだろう」
掌に戻された緋色の石を、トランクスは目を輝かせてまじまじと見つめた。
「へぇー、そんなに珍しい石なんだ。……ねえパパ、これ持って帰ってもいい?」
トランクスにとっては、未知の遺跡の中で見つけた宝物のようなものだ。自分で記念になるものが欲しいと思っても無理はないだろう。
「……ああ。ただ、取り扱いには気をつけるようにな。あまり他人には見せないようにしろ」
「うん! オレだけの宝物にするよ! やったぁ、ありがとう!」
嬉しそうに飛び跳ねるトランクスを、ブルマも目を細めて見つめる。
「おまえも、何か興味があれば好きに見て回ればいい。動きはしないが、まだ生きているデータや機能もある。地球にはない技術や情報の記録も多いだろう」
「え? ……え、ええ。ありがと」
勿論、科学者として、この未知の文明に興味がないわけがない。だが、ブルマは探究心が湧く一方で、複雑な感情も覚えていた。
船の仕組みや情報を詳しく語ることができる彼の知識の豊富さから、改めて彼が悟空とは違う、遠い異文化の中で育ってきた人であることを実感する。
──ここは多分、ベジータがかつてその半生を過ごしてきた宇宙へ、思いを馳せる場所でもあったのだろう。
その時彼が思い起こすものが何なのか、ブルマにはわからない。だが、その多くが決していい思い出ではないことは、今までの彼の言葉少ない話から察していた。
けれど、彼は少なからず自分の過去とも繋がるこの場所を、自分たちに見せ、できる限りのことを伝えようとしてくれている。
それも、あくまで彼女たちのために。今、自分のできる限りのことを。
その彼の心が、今はどうしようもなく優しく──そして、彼女の胸に、痛かった。
月の見えない空は、強い光がない分、星の明かりを一層際立たせ、宝石を散りばめたように一面が星屑の海だった。
昔は船の中から眺めるだけの無機質な空間に過ぎなかった宇宙や星の光を、こうして眺めるようになってから、もうどれだけの時間が過ぎただろう。
自分がそんな感慨を持つようになるなど、かつては思いも寄らなかったことだ。
それもこれも、すべてはこの星に降り立ったその時から。
彼の運命を大きく変え、そして知らなかったことを彼に教えた星。──知り得るはずのなかった感情を、抱いた星。
変われば変わるものだな。
昔の自分が今の自分を見たら、なんと言うだろう。
そんなことを何とはなしに考え、小さく笑みを洩らした彼の背に、不意に声がかかった。
「あ、パパ! ここにいたんだ」
この島での最後の夕食を取ったあと、カプセルハウスから少し離れた丘の上に腰を下ろし、空を仰いでいた父の姿を見つけ、トランクスが駆け寄ってくる。
「ママが探してたよ、何やってるの?」
「……少し風に当たってるだけだ。すぐ戻る」
そっか、と呟いて父の隣に並んで腰を下ろし、トランクスは同じように空を仰いで寝転んだ。
「あーあ、もう明日帰らなくちゃいけないのかぁ。早いなぁ。まだここにいたいなー、オレ」
まだまだ遊び足りないといった息子の口調に、呆れ混じりに苦笑する。
「時間があればいつまでも遊んでるだろう、おまえは。これくらいが丁度いい」
「あー、そんなことないよ。……でも、すっごく楽しかった。パパ、ありがとう。これ、今日の記念に大事にするよ!」
ポケットから取り出した“星の奇跡”を目の上にかざし、改めて嬉しそうに見つめる息子を見つめるベジータの視線が、ふと和らぐ。
「これも、宇宙から来たんだよね。きっと、オレの知らないこととか、まだまだいっぱいあるんだろうなー」
満天の星空を眺め、呟くトランクスに、ベジータが「ああ」と応える。
「この地球じゃわからないことが、宇宙にはまだたくさんある。……おまえもいつか、宇宙に出てみるといいだろう。きっと、退屈はせんはずだ」
「ホント!? ……うん、オレもいつか行ってみたい! 宇宙船で、色んなところ行ってみたい!」
その言葉の後を、ただし、とベジータが続ける。
「そのためには、十分な準備をしておくことだ。宇宙には未知の環境や生物もたくさん存在する。つまり、それだけ危険も多いということだ。いざという時対処できる能力がなければ、気楽な旅行どころじゃなくなるからな」
どこか重みのある父の言葉に、トランクスは少し真面目な表情になり、「うん」と頷いた。
「宇宙へ出たいと思うなら、心身を鍛えることを忘れるな。いつ、何が起きても不思議じゃないということを覚えておけ」
「うん。……でも、パパがいればきっと大丈夫だよね! パパにかなう奴なんて、いるわけないもん」
瞬間、ベジータの表情が少しだけ動いた。
「オレ、いつかパパと一緒に宇宙に行ってみたい! ねえ、いいでしょ?」
「……」
「ダメ? パパが知ってる色んな星、オレも一緒に見てみたいなぁ」
「……ああ。……いつか、な」
「本当!? うわぁい、やったー!」
「その代わり、だ。宇宙へ行きたいと思うなら、トレーニングは欠かさないことだ。体力は勿論、知識の面でもな」
「う。わかってるよ、ちゃんとするから〜」
しっかり釘を刺され、まいったなぁと頭を掻きつつ、それでも嬉しそうな顔で父を見上げたトランクスの頭を、「その言葉、忘れるな」とベジータの手が少し荒っぽく撫でるのだった。
「…………」
ブルマは堪えきれず、口元を押さえて手近な木の幹に背を預け、小さな嗚咽を洩らした。
二人を探してカプセルハウスから出てきたものの、聞こえてきた会話に何となく彼らの雰囲気を察し、程近い場所に立っている木の陰で足を止めたのだが。
そこで耳に留まった、トランクスの無邪気な声と、ベジータの抑えた声音。
──いつか、一緒に。
彼らだけが知る“秘密の場所”で交わされた、父と子の約束。
……それが、自分にはおそらく、叶えてやれない願いであることを知りながら。
それでも今は父親として、何も知らない息子に応えるベジータの言葉が、あまりにも切なく、ブルマの胸を抉る。
これほどまでに優しく──そして、残酷な時間があるだろうか。
いずれはトランクスも、本当のことを知る時が来る。それも、そう遠くない日に。
──あんたって、ずるい奴よ。そんな嘘……ついてさ。
痛いほど噛みしめられたブルマの唇から、抑え切れなくなった嗚咽が洩れ……雫が一滴、手の甲を打った。
雲ひとつない、小さな島の静かな夜。星屑の海は、彼らをただ音もなく見つめ……黙って瞬くだけだった。