静寂が、その空間を支配していた。
時折遠くでパタパタと人が走り去る音が聞こえる以外は、痛いほどの静けさに満ちた時が、淡々と、じれったいほどにのろのろと過ぎていく。
その中に、言葉もなく立ち尽くし、或いは椅子に座り込んだまま、息をすることさえ憚られるように動かない、大小四つの人影。
一人は唇を噛みしめて硬い面差しで壁に背を向けて佇み、一人は震える両手を膝の上でぐっと握りしめ、何かを堪えるようにうつむいている。一人がその傍らにそっと腰を下ろして、少しでも勇気付けようとするかのように小さな背に手を添え、そしてもう一人も、今ここで自分から言うべき言葉が見つかるはずもなく、彼ら同様にこの重い時間をじっと耐えていた。
白い廊下と壁に囲まれたそこは、まるで外界と切り離されたような静けさに満ち、それが余計に息詰まるような冷たい空気を増長させた。
何かを言えばその瞬間に切れてしまいそうなほどに張り詰めた、細く脆い緊張の糸が幾重にも張り巡らされているかのような重圧感の中、誰もが起こり得る最悪の結果を予想しかけては懸命に打ち消しながら、ただ、待っていた。──待つしか、なかった。この重く苦しい時間が、一刻も早く終わることを、願いながら。
無機質な白さの中に一層際立つ、禍々しさすら覚えずにはいられない赤いランプの光を見るたび、先刻の光景が繰り返し彼の脳裏をよぎり、無意識に握られた拳がかすかに震えた。
『ベジータ!! ベジータ、しっかりしろ!! ベジータぁっ!!!』
あの荒野で対峙したあと、意識を失って倒れたベジータに可能な限り自分の気を分け与えながら、悟空はすぐさま彼を連れて西の都へ向かって瞬間移動を敢行した。
『──ブルマ!!』
あらかじめ悟空が瞬間移動で来る事態も想定していたのだろう、病院で必要な手配をすべて済ませたあと、騒ぎにならないよう人目のつかない場所で一人待っていたブルマは、切羽詰った声と共に現れた悟空と──ぐったりと力なく彼に抱えられているベジータの姿を見て、一瞬凍りついた表情で言葉を失った。
『ブルマ! 大丈夫だ、まだ……まだ息がある! ベジータを、頼む……!!』
彼女は悟空の必死の様相に、取り乱しそうになる心を懸命に抑え、すぐに人手を呼ぶと、彼に待合室で待っているように伝え、駆けつけた医療スタッフと共にベジータを緊急処置室へと運んだのだった。
数人の足音が行き交った喧騒のあと、重い響きを残して奥の扉が閉まるのを、悟空は思い詰めた顔で見守り……そして、願った。──今の自分には、それしか、できなかったから。
それから、彼はまだ事情を知らず困惑しているだろうトランクスや悟飯たちに呼びかけ、ベジータを見つけたことと、今西の都の病院にいることを告げ、戻ってくるように伝えたのだった。
そして、しばしの時間が過ぎた頃。
緊急処置室の隣にある待合室には、変わらず重い空気が張り詰めていた。
悟空の呼びかけを聞いて、最初にトランクスが、続いて悟飯たちが到着してからは、実際にはまだ一時間ほどしか経っていなかったが、彼らにはそれがとてつもなく長い時間のように感じられた。
やがて、この扉の向こうから、告げられるだろう事実。それをただ待つしかない、重く苦しい時間。
自分でさえこれほど不安に駆られるのだから、父の身を案じるトランクスの心中は、察するに余りある。
小さな背をかすかに震わせながら待つ少年の、幼いながらも懸命に不安に耐える横顔に、悟空の胸の内はやるせない思いに駆られた。
『──おじさん、パパは!? ねえ、パパはどうしたの!? いったい何があったの、ねえ!!』
息を切らせながら真っ先に病院へ駆けつけたトランクスは、悟空の姿を見つけると、すがりつかんばかりに彼に詰め寄った。
トランクスも、「何か」があったことはとうに気づいているだろう。それに対して、自分が言えることなど見つかるはずもなく、悟空はただ、今、ブルマが一緒についているからと、伝えることしかできなかった。
もし、ベジータを見つけたのが自分でなかったなら。彼を説得したのが、ブルマか、トランクスだったなら。彼があんな無茶をすることは、決してなかっただろう。
(すまねえ……)
ブルマが言っていた、まだ終わっていないという言葉。まだできることがあると彼に伝えた彼女の瞳に見えた、小さな、けれど確かな望みの光。
そのかすかな希望を、自分が結果的に奪ってしまったのかもしれない。
そう思うと、強い後悔の念とやり切れなさが、彼の心中を覆った。
──その時だった。
シュン、と鈍い振動音と共に奥の扉が開き、中から現れた人影に、全員の視線が一斉に注がれる。
「──ママ!!」
トランクスが真っ先に母の顔を認めると椅子から飛び降り、彼女に駆け寄った。
「ママ! ……パパ……は?」
その先を聞くのが怖い。……もし、もしも。予想したくなかった言葉を聞かされたら。そう思うと恐怖に喉が詰まる。……でも、訊かずにはいられない。様々な感情の色を滲ませた震える声音が、白い廊下にかすかに響き、吸い込まれていく。
悟空たちも、口にこそ出しはしないが、心境はトランクスと同じだった。
皆が息を飲むのも憚られるような真剣な目で、ブルマの次の言葉を待つ。
「……ちょっと待ってね、トランクス。みんなにも話さなきゃいけないから。……みんなも、ここじゃ何だから、こっちに来て」
息子の頭を撫でて諭すと、ブルマは近くにある別のドアを指差し、彼らにそこへ移動するよう伝え、踵を返した。
疲れた面差しを見せながらも、比較的しっかりした足取りで進む彼女の横顔は、何かを堪えているような色を思わせたが、硬く引き締めた表情からは、それ以上のことは読み取れなかった。
悟空たちは互いに顔を見合わせ、拭い去れない不安を覚えながらも、今はブルマの指示に従うほかなく、思い空気を引きずるようにして彼女の後に続いた。
夜の病棟の静けさが余計に際立つ空き部屋の一室に移ったブルマは、そこで皆に今の状況を言葉少なに告げた。
現時点では最悪の結果だけは免れたものの、ベジータの意識はなく依然危険な状態であり、このままではいつまでもつかわからない状況であることを。
既に相当弱っている彼の身体の状態では、今の医療技術ではこれ以上の延命措置は、おそらく難しいだろう──彼女は、そう言った。……それは、つまり。
「……そんな……」
彼はもう、助からない──そう宣告されたも同然の彼女の言葉に、皆が呆然と言葉を失う。
だが、凍りついた静寂がその場を包んだ時。「でも」と、彼女は続けた。
「あと、ひとつだけ……ひとつだけ、残った方法が、もしかしたら──あるかもしれないの」
「え?」
全員の視線が一斉に自分に向けられる中、ブルマは少しためらうように思案した後、口を開いた。
「だけど、今の時点では、これは本当にひとつの仮説に過ぎないわ。だから、これからわたしが話すことは、あくまでわたし個人の考えだと思って……聞いてほしいの」
そう前置きしてから、彼女は切り出した。
「コールド……スリープ?」
異口同音にその単語を反芻し、目を瞬く彼らに、ブルマは頷いた。
いずれ病気の治療薬が完成する日が望めるのならば、せめてそれまでの時間を稼ぐことさえできれば。そう思いついた時から開発を進めてきた、コールドスリープ──いわゆる長期生体冷凍睡眠のための設備と研究。
本来の地球の技術レベルではまだ実現は難しかったものの、幸い彼女の手元には、地球より遥かに進んだサイヤ人の宇宙船に搭載されたシステムの資料があったため、何とか稼動に至るまで開発は終わっていること。
しかし、健康な生体ならばともかく、怪我や病気で極度に衰弱した者への適用は、患者当人へどれだけの負荷がかかり、どんな事態が起こり得るかは全く予測がつかなかった。
事実、実際には地球の医療分野ではまだ実例のない試みであり、確証に至るデータが皆無なため、成功するかどうかはわからない。──また、たとえそれが成功し、病気の治療薬が完成するまで時間を延ばすことができたとしても、既に限界近くまで弱っていた彼の身体が蘇生できるかどうかも、保障はできない──極めて可能性の低い賭けであること。
それはあまりにも頼りなく、ある意味雲を掴むような非現実的な希望ですらあった。
だが。
「でも、もし……もしも、それが成功したら……パパは助かるんだよね!?」
幼いながらも何とか話の本筋はつかめたらしいトランクスは、涙で潤んだ目を母に向け、期待をこめた声で問うた。
「──わからないわ。……でも、そうであってほしいと……わたしも、願ってるわ」
抑えた声で、どこか痛ましげな色を瞳に漂わせ、ブルマは息子の問いに、少し申し訳なさそうに答えた。
最後の望みを賭けるには、あまりにも不鮮明な可能性。もし、失敗に終わったとしたら──その時の落胆を考えると、それはいたずらに希望を持たせるだけ、酷な話だったかもしれない。
だからこそ、今、ここで過度な期待を持たせることは、できなかった。
彼女のためらいがちな返事に、その奥にある意図を少なからず察したのだろう。トランクスは唇を噛んでうつむき、押し黙る。
悟空たちもまた、何と言えばいいか考えあぐねている様子で、沈黙を守ったままだった。
「ごめんね。もう少し早く、話しておけばよかったのかもしれないけど……」
そう呟いて、ブルマもまた言葉を切る。
成功するかどうかもわからない、不確実な延命方法。それに命を託すということは、ある意味で未知の技術の被検体になるにも等しいことだ。
プライドの高いベジータの性格を思えば、そんな不安定な方法にすがってまで生き長らえることなど、決して良しとはしなかっただろう。──だから、なかなか言い出せなかった。
しかし、今回ばかりは、彼の心情を気遣ったための迷いが裏目に出てしまったのは否めない。
もっと早く、彼に打ち明けて説得していれば、彼があんなことを──自ら命を縮めるような真似をすることもなかったはずだ。
そう思うと余計に後悔の念が胸を突いたが、今はもう、そんなことを悔やんでいる場合でもない。
ブルマはしばしの間を置いた後、顔を上げて皆を見た。
「今すぐには無理だけど、少しでも状況が落ち着いたら、すぐに実行に移すつもりよ。それまでは、ここで様子を見ることになると思うわ」
「……パパには、会えないの?」
すがるような目で自分を見上げる息子に、彼女は小さく首を振った。
「当面は、集中治療室の無菌エリアにいることになるから、わたしも今は会えないの。気持ちはわかるけど、我慢して。……ね?」
言い聞かせるように諭す母の答えに、トランクスは無言で扉の向こうを見つめ、「……うん」と消え入りそうな声で呟いた。
「ここは完全看護体制で治療にあたってるから、今日はもう大丈夫よ。みんなも、来てくれてありがとう」
「え? ……あ、いや」
改めて頭を下げるブルマに、悟空は慌てて手を振った。
「……すまねえ、ブルマ」
むしろ、自分のせいで事態を悪化させてしまった──そう思って負い目に感じている悟空に対し、ブルマは首を横に振った。
「ううん。ベジータを見つけてくれたこと、感謝してるわ。……わたしじゃ無理だったもの、きっと」
そう言って悟空に微笑む彼女の面差しは、とても静かで──そして、哀しげな笑顔だった。
「ずいぶん遅くなっちゃったし、ここはわたしとトランクスがついてるから、もう大丈夫よ。悟飯くんも悟天くんも、手伝ってくれてありがとう。チチさんも心配すると思うから、そろそろ帰ってあげて。……ほら、トランクス。いつまでもめそめそしてちゃ、情けないってパパに怒られるわよ」
「……うん」
赤くなった両目をごしごしと擦り、トランクスも悟空たちに向かって頭を下げた。
「おじさん、悟飯さん、悟天も、ありがと。……もう、大丈夫だから」
「ブルマさん……」
「トランクスくん……」
悟飯と悟天が、何と言えばいいのかわからず複雑な表情で二人を見つめる。
抑えた声音で短く礼を述べる二人の、一見気丈そうな眼差しに見え隠れする涙の色と、重い影。
本当は誰よりも心乱れ、辛い思いをしているのは、他ならぬ彼女たち自身のはずだった。
それでも、二人は努めて溢れ出しそうになる感情を堪え、耐えようとしている。
──これが大切な人との今生の別れになるかもしれないことを知りながら、それでもなお、辛さを心の底に覆い隠して。
そんな二人の、痛々しささえ覚える姿に、悟空たちはかける言葉を持たなかった。
「それじゃ、僕たちがトランクスくんを送っていきますから」
「ああ。気ぃつけてな」
「はい。行こう、悟天」
「うん」
軽く会釈をすると、悟飯は悟天を伴い、トランクスと共に病院を後にした。
その後ろ姿を見送り、二人だけになったブルマと悟空の間に、沈黙が落ちる。
話を終えた後、トランクスが取り急ぎ必要な荷物を準備しに一旦自宅へ戻ることになったため、カプセルコーポまで送っていくと申し出た悟飯と悟天が、悟空より先に病院を離れた。
悟空は少し後で合流し、そのあとパオズ山へ戻ることになっていた。
大勢でカプセルコーポへ行くのも気が引けたし、何より──どうしても、今すぐに帰る気にはなれなかったのだ。
だが、今の自分にできることも、言えることも見つかるはずがなく。
──歯痒かった。祈るしか、待つことしかできないという事実が、こんなにも。
「ずいぶん冷えてきたわね。孫くんも、もう大丈夫だから。あまり遅くなると、チチさん心配するわよ。悟飯くんと悟天くんにも来てもらっちゃったし、お礼言っておいて」
「え? ……あ、ああ」
唐突に口を開いたブルマの声に、悟空ははっと意識を引き戻される。
「大丈夫だ。──チチも、おめえたちのこと心配してたから」
「……そう」
心配かけちゃったわね、と申し訳なさそうに言う彼女の言葉が、余計に胸に迫る。
「……すまねえ、ブルマ。オラがいなけりゃ、こんなことにはならなかったかもしれねえのに」
苦しげに声を絞り出す悟空に、彼女は目を瞬き、小さく首を横に振った。
「ううん、孫くんのせいじゃないわ。……あいつのことだから、きっと、最後にもう一度、って思ったんでしょうね。……ベジータらしいわ」
多分、自分がいても止めることはできなかっただろう。どこまでも自分の意志を貫き通す、あくまで戦いの中に生きる戦士である彼ならば。
それまで彼が自分たちのために見せてくれていた一面を思えば、その奥に燻り続けていた、自身のサイヤ人としての本能が欲する道を彼が最後に選んだとしても、無理のないことだった。
──でも。
「いいの。……あいつは良くは思わないかもしれないけど、わたしはできるだけのことをやりたい。その結果がどちらに転んでも、後悔はしないわ。……だから、気にしないで」
「……すまねえ」
「もう、孫くんがそんなにしょげててどうするのよ。『なんだその情けない顔は』ってあいつが怒るわよ、そんなんじゃ」
再度繰り返す悟空の胸を、ブルマがぽんと叩いて微笑む。
その彼女の明るさが、今はただ、悟空の胸に痛かった。
「それじゃ、わたしは中に戻るから。チチさんにも、よろしく言っておいてね。何かあれば、また連絡するわ」
「あ……ああ」
じゃ、ともう一度笑みを向けると、ブルマは病棟の非常口に向けて歩き出し──扉の前まで来て、ふと足を止めた。
「……ねえ、孫くん」
「え?」
振り返らず、彼には背を向けたまま、ぽつりと洩れた彼女の言葉に、悟空が顔を上げる。
「──もし、来るべき時が来たら……。その時は……お願いね」
「……え」
だが、一瞬その意味を掴みかねた悟空が言葉を返す間もなく、ブルマの背中は音もなく開いた自動ドアの向こうの暗がりへと溶け、見えなくなっていった。
……もし、その時が来たら。
頭の中で反芻された彼女の言葉が意味するところの事柄を、おぼろげながら理解した時。
悟空は拳を無意識に、ぐっと握り締めた。
いつか──もしかしたら、そう遠くないうちに訪れるかもしれない、『その時』。
もし、『その時』に直面したなら、自分は──。
(…………)
ふと、足元に差した薄い光に、夜空を仰ぐ。
──そんなの、来るわけがねえさ。
そうだろ? ベジータ。
おめえなら、きっと────
だが、その呟きは誰にも届くことなく、通り過ぎる冷かな風にかき消される。
ゆっくりと、少しずつ──静寂の夜が更けていく十三夜。
淡い、かすかな月明かりは、何も告げることなく……立ち尽くす影を、少しの揺らめきと共に照らすのみだった。
それから、一週間あまりが過ぎた頃。
寒波の影響か、西の都は朝から底冷えのする寒さに包まれていた。
その日、総合病院から程近い、カプセルコーポのラボの一角に特設された部屋の中に、ブルマはいた。
医師や専門技師の立会いのもと、何度も慎重なシミュレーションを繰り返し、難航した討議の末に出された結論の日。
最終の打ち合わせを済ませ、スタッフに指示を出し、あとはその時を待つだけとなった際、彼女は少しの間人払いをし、ひとり部屋の中に残った。
今日は誰も呼ぶつもりはなかった。最後の決断は、自分の手で──自分だけで、行うつもりだった。
彼も、きっと自分の今の姿を見られることなど、望んではいないだろうから。
かつ、と冷たい床を打つ靴の音を響かせて歩み寄った彼女は、その無機質な感触に、そっと手を触れる。
「……きっと、あんたが知ったら怒るんでしょうね」
勝手なことを、と自分を睨む不機嫌な顔と声まで鮮明に浮かび、彼女は思わず苦笑した。
……でも。
(これくらいの我侭は、許してくれるでしょう?)
返ってくることのない問いかけを、心の中で呟く。
自分にできることがあるなら、最後の最後まで諦めたくない。彼が自分たちを想ってくれていたのと同じくらい、自分たちも彼が必要なのだと。
──だから。
「あんたも一度決めたことは曲げない奴だったけど、わたしもそうなのよね」
そう言って小さく微笑みながら、冷たいガラス越しに、今は触れることのできない面差しを、静かになぞる。
別れの言葉も。
再会の約束も。
今は何も、言えないけれど。
いつかまた、もう一度。
「その時は……呼んでよね。わたしの名前」
それだけでいい。もう一度、あの声で。あの眼差しで。
唇を噛み締め、少し視界が滲んだ両目を擦ると、ブルマは意を決したように顔を上げ、静かに踵を返した。
やがて、硬質な床を叩く足音が遠ざかり、かすかな余韻を残して壁に吸い込まれていったあと……重い金属質な音を響かせ、扉が閉じた。
冷かな、肌刺す風が街を包んだ、その日の夜。
この冬初めての、おぼろな、淡いひとひらの雪が都の空に舞い降り……音もなく薄闇の中へ散り、見えなくなった。