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 それから三日後。
 ベジータはその日、数日振りに訓練のため外へ出ていた。
 彼がトレーニングをするのは重力制御室だけではない。勿論、短時間で効率的に精度や耐久力の向上が望める重力室が中心となるのは当然だったが、大がかりな気功派の類の訓練をするには、どうしても広い場所が必要になる。
 いかに重力室が頑丈に造られているといえど、彼の力で思いきり気功派など撃てばひとたまりもないわけで、定期的に無人の荒野や氷河地帯へ出向くのも彼の習慣のひとつとなっていた。
 そして、この地球上において、修行場所に適した無人の地域となるとこれもまたそう数は多くないため、同じ目的の相手と顔を合わせることも、今ではもう慣れてしまっていた。
「ふぇ〜、結構吹っ飛んじまったなぁ。今日はちょっとやりすぎちまったかな」
 爆発の余波で辺りに舞い上がった海水の水飛沫が落ちる中、悟空はぽりぽりと頭を掻いて、しかし言葉ほど困ってはいなさそうな様子で呟いた。
 対して、海面近くを漂う薄煙の中からゆっくりと上空へ上がってきたベジータは、不機嫌この上ないといった顔で悟空を睨んだ。
「……きさま、少しは加減というものを考えろ! 地球を自分で吹っ飛ばす気か? 相手がオレじゃなかったらどうするつもりだったんだ!?」
「いやぁ、わりぃわりぃ。つい力が入りすぎちまってさ。けど、おめえならあれくらい大丈夫だろうと思ってよ」
「……」
「だから悪かったって〜。そう怒んなよー、オラだってやりすぎたと思ってんだから」
 とても本当に反省しているとは信じ難い態度で両手を合わせて謝る悟空に、ベジータは眉間の皺を深くする。
 なぜこんな状況になっているかというと、その事の起こりは、一時間ほど前。
 その日もたまたま出向いた先で悟空と鉢合わせしたベジータは、彼の頼みもあって、互いに気功派の撃ち合いに重点を置いた修行を行っていた。
 だが、それがしばらく続くうちに、勢いに乗った悟空が「今度はちょっとでけえのいくぞー!」と宣言し、言葉通りそれまでとは段違いの気の塊をいきなり撃ってきたのである。
 海面近くにいたベジータは突然のことにわずかながら出遅れ、普段なら難なく弾き返すかかき消すかしただろうその攻撃を、咄嗟に自分も同じくらいのエネルギー波を撃ち返してしまった。
 当然ぶつかり合ったエネルギーの嵐は余波だけで辺り一帯の島や海底の岩を震わせ、地響きを起こし、二人に近かった場所は気の波動が相殺しあった際に起こった爆発と共に、地形が少々変わってしまっていた。
「ほんと、すまねぇ。こりゃあまた、ピッコロに会ったらどやされるなぁ」
 流石に今日の結果は自分に非があると認めているのか、神妙な顔で呟く悟空。
 彼らの力で逐一本気を出していては星がいくつあっても足りないと、悟空はピッコロやデンデから、修行ではやりすぎないようにと釘を刺されていた。
 勿論悟空とて普段は力を制御しているし、直接言われたわけではないベジータも、自分の力がこの星の大地にどれだけの影響を及ぼすかは重々承知しているつもりなので、派手な被害を出すようなことは滅多になかったのだが。
「フン、自業自得だ。たまにはその鈍い頭の働かせ方でも習って来い」
 あー、何だよそれ、と膨れた悟空は、しかしふと真顔になると思い出したように言った。
「──それはそうと、さ。おめえ、今日はどっか調子でも悪かったんか?」
「……何のことだ?」
「いや、オラの気のせいかもしんねぇけどよ。何となく、いつもより動きにキレがなかったんじゃねえかって……さっきもはね返すのが少し遅れたみてえだったし…………いっ!」
 が、瞬時に空を切って鼻先で寸止めされた拳に、最後まで続かなかった言葉がぴたりと止まる。
「ほう、それは心外だな。何なら、もう一度やってみるか? 今度は一切手加減なしでな」
 射殺しそうな眼光で睨みつけ、ベジータが薄い笑みを浮かべて言う。
「い、いや、だから気のせいかもしんねえって。オラの勘違いならいいんだよ。ちょっと言ってみただけだって、そう怒んなよー」
 ただでさえ斜めになりがちだったベジータの機嫌が更に傾きそうな気配に、悟空は内心しまったと思ったが後の祭りである。
「遠慮はいらんぞ? きさまも思い切りやってみたいんじゃなかったのか?」
「いや、だから何ともないならいいって。……えっと、んじゃ、オラ今日はこれで帰るわ。チチに早く帰ってこいって言われてるし」
 まだ拳を収めずこちらを睨んだままのベジータに、これ以上何か言うと更に事態を悪化させそうだと判断した悟空は、あはは、と引き攣った笑いを浮かべつつ、早々に退散する姿勢を見せた。
「わりぃ、ベジータ。またな」
 もう一度バツの悪そうな顔で謝ると、悟空は額に指を当て、あっという間にそこからかき消えた。
「…………」
 向ける対象を失った拳を下げ、ベジータはしばし苦虫を噛み潰した顔で悟空の消えた跡を睨んでいたが、その後すぐに真顔になり、落とした声音で呟いた。
「……普段は腹が立つほど鈍い頭してやがるくせに、余計な時だけ鋭くなりやがって……」
 そして抑えていた息を大きく吐き出すと、徐に手近な陸地へ下りていく。
 岩陰に手をつき、ゆっくりと深呼吸を繰り返すと、背をもたれかけて空を仰いだ。
 ほんの短い間だったが、修行中に身体に表れた息苦しさ。そのためにわずかに鈍った動きを、奴は見抜いたのだろう。
 普通なら気づかないだろう、ごく小さな変化だったはずだが、それに気づいたのはさすがというべきか。
 だが、それはこの違和感が、既に自分だけのものではなく、他人にも気取られるところまで来ているということの証明でもある。
(……ちっ……)
 その先にあるものが何なのかは、わからない。微かな苛立ちと、それでも遠からずその理由が見えそうな薄い靄(もや)のような感覚とが、彼の胸中に浮かぶ。
 だが、今はそれ以上はわからなかった。
 考えても仕方のないこと──今はそう思うしかない。
 堂々巡りしそうな考えを断ち切り、彼はしばらく無心で自然の空気に身を委ね、そこから動かなかった。


 ぼんやりと霞をつかむような、不確かな予感。それがはっきりと形になって表れるのは、それからすぐ後のことだった。

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