窓から差し込むオレンジ色の光が、部屋の中を一色に染めている。
窓辺に寄りかかって夕焼けに染まる空を眺めながら、ごちゃごちゃした街の中でもこんな空が見られるんだな、と何気なく思い、同時に今まで抱いたこともないそんな感想を覚えたことに、自分にもこんな感傷的な部分があったのかと苦笑する。
──あの後、頼むからもう少し話を聞くまでは待っていてほしい、というブルマの泣き崩れんばかりの懇願にさすがのベジータも折れざるを得ず、彼女が医師からの詳しい説明を受けるまで待った後、二人はカプセルコーポへ戻ってきた。
正直なところ、彼としてはそのまま外へ出て少し一人になりたい気分だったのだが、そんなことをすればブルマがどんな顔をするかは嫌でも想像がつくため、実行できるわけもなく。
病院から戻る間も、ずっと唇を噛みしめるように思いつめた表情をしていたブルマの顔を思い出し、これからのことを考えて知らず面差しが翳る。
どんな事実を告げられようと、自分はいい。だが、できれば彼女には一番知られたくなかった。その彼女に真っ先に事実を告げた医師に腹を立てながらも、あの状況ではそれも仕方なかっただろう。まさか、自分でもいきなり意識を失って倒れるところまで事態が進んでいるとは、予想できなかったのだから。
それにしても。
──こんなことまで、同じ状況になるとはな。
生粋のサイヤ人であることが呼び寄せたのか定かではないが、告げられた皮肉な現実に彼は苦笑する。
だが、それも今は大した問題ではない。
それよりも────。
(…………)
あと三ヶ月。
その事実に最も思い悩むであろう相手の顔が、繰り返し脳裏に浮かぶ。
できることなら最も避けたかった状況に結局直面することになり、彼は物憂げに溜め息をついた。
半分だけ開いた窓から、柔らかく吹き込む風に乗って、涼しげな草木の匂いが届く。
西の空を染め始めた朱の光が、ゆっくりと街並みを包んでいく。
ぼんやりとその窓に目を向けるが、今の彼女にはそれすらも無味乾燥なものにしか感じられなかった。
今もまだ、現実感が沸かない。これが悪い夢だったなら、と何度も繰り返し思うが、夢は覚めてくれることはなく。
いつもの家。いつもの夕暮れ。変わらない日常。でも、ひとつだけ。決定的に違うのは。
時間が経つにつれ、それが紛れもない現実なのだという実感が、彼女の胸に深く突き刺さる。
浮かぶ言葉は、たったひとつ。
──どうして。
けれど、その呟きに答えてくれるものも、ましてや否定してくれるものもない。
それでも、思わずにはいられなかった。たとえ気休めでもいい、せめて一言、大丈夫だと言ってほしかった。
(……ベジータ……)
覚束ない足取りでふらりと立ち上がると、彼女は夫の姿を探し、部屋を出た。
「……ここにいたの」
少しずつ傾いていく西日が照らす部屋で、彼は一人、黙って窓際に寄りかかり、外を見ていた。
その、夕焼けの光の中に浮かぶ影が、今はあまりにも心細くて。
知らず喉がぐっと詰まり、足が止まる。
少しだけ彼女に視線を向けた彼は、憔悴したブルマの面持ちを見て取り、わずかに顔を曇らせるが、それをできるだけ表に出さないよう努めながら窓の外に視線を戻す。
そして少し沈黙した後、呟いた。
「……あいつの誕生日くらいは、祝ってやれそうだな」
表情は逆光になっていてよく見えないが、ぽつりと洩れた声は、何の淀みもなく、穏やかな響きを持っていた。
その言葉を聞いた彼女の目が見開かれ、唇がぎゅっと噛みしめられる。
「……なんで……」
かすれた声が、途切れ途切れに絞り出される。
「……どうして、そんなに冷静でいられるのよ!? あんたなら、何も気づかなかったわけ、ないでしょ? なんで何も言ってくれなかったのよ!」
今まで堪えていた感情が一気に溢れ出し、彼女はベジータに詰め寄った。
「……」
「どうしてよ、どうして……」
どうして、こんなことに。
自分の上着を掴み、涙の滲む声で繰り返す彼女に、彼は沈黙で答えることしかできなかった。
彼とて何も気づかなかったわけではない。だが、さすがにこうなることまでは予測できなかったというしかないだろう。
最も、ずっと身体に感じていたあの妙な違和感。今まで経験のなかった現象だっただけに、その原因を耳にした時は、無意識にどこかで納得もしていた。
とはいえ、ブルマにとっては青天の霹靂以外の何ものでもない。取り乱すなというほうが無理だろう。
嗚咽を洩らす妻の背を、彼は黙って抱き寄せ、「泣くな」と言った。小さく、一言。
ブルマは首を振り、彼の胸に顔を埋めて唇を噛みしめた。
わかっている。きっと彼にだって、こんなことになるなど予想できなかっただろう。
それでも、こうなる前に何かできなかったのか、と思わずにはいられないのだ。
「……わたしが……もっと、気をつけていれば……。ずっと見てたはずなのに、こんな時に限って……」
涙声で呟かれた言葉に、肩に回された彼の腕に力がこもる。
「よせ。余計なことを考えるな。……第一、早くわかっていたからといって、どうにかなるものでもないだろう。おまえが気に病むことじゃない」
「……」
嫌々をするように頭を振り、しがみつくように彼の服を掴む手に力を込める。
──あの時みたいな思いは、もう二度としたくなかった。なのに。
あの闘いのあと、彼が帰ってきてくれた時、どれだけ嬉しかっただろう。見えない奇跡に心から感謝し、そして、もう二度と失いたくないと、強く願った。
まだ、たったの二年。これからもずっと、彼と一緒の日々が続くと信じていた。
それなのに、どうして。
これが、最初から彼に課せられた運命だったとでもいうのだろうか。サイヤ人として生きてきた、彼ゆえに。
──そんなの、認めない。絶対に。
「嫌よ……絶対……嫌……! わたし、信じない……絶対、信じないからね……!」
「……」
まるで、置いていかないでとしがみつく子供のように。
自分にすがりつく華奢な身体を、今はただ抱きしめてやることしかできない。
それ以外、自分に何ができるだろう。何が言えただろう。
彼もただ、今は黙って奥歯を噛みしめることしかできなかった。
痛いほどの沈黙と、やりきれない歯痒さを。
彼らを包むオレンジ色の夕陽だけが、何も言わずに、静かに……見つめていた。